VOL.54
「正吉の午後」







真夏の日曜日。


時刻はおやつを食べたくなる
3時をちょっと過ぎていた。


八王子のとある喫茶店。


「いらっしゃいませ。
お一人ですか?」



「はい」


「お好きな席へどうぞ」


「・・・」


:良かった、いつもの席空いてる。:


正吉は迷うことなく
特定の席へ移動した。


その席は窓際の隣にあるテーブル席だった。


今の時間帯はその席もそうだが、
窓際の席にも日差しは届いていなかった。


正吉はその席に座ると
着ていたシャツの襟をつまみ、
パタパタと揺らした。


「涼しい〜」


正吉は幸せな表情を浮かべた。


「ご注文はお決まりですか?」


「あ;
い、苺ショートのセットで」



「お飲み物は何に致しますか?」


「ミルクティーで・・」


「かしこまりました」


店員が離れると、
正吉はかいていた冷や汗をタオルで拭き取った。


「まだまだダメだなぁ俺も・・」


持っていたタオルを座席の上に畳んで置くと、
正吉は少しだらけた感じで両手を広げた。


「けど、やっぱいつ来てもいいなここは。
家でくつろぐのもいいけど、
たまにはこうして一人でお茶しながら
まったりいくのも・・」



正吉が独り言を言っていると、
奥から別の客がやって来た。


「え」


「あそこにしようぜ、ガルっち」


「いいけど、わざわざ窓際って暑くない?」


「違う違う、その隣の席だよ」


「なんだ」


どうやら二人組のようだ。
正吉はこっそり舌打ちをした。


:他にも空いてる席あるだろーが・・:


二人は正吉の座る席の前の席へ腰掛けた。


「しかしガルっちと喫茶店入るの
マジで久しぶりだな〜♪」



「そうだけど、別に僕達
お茶しに来たわけじゃないんだからね」



「わかってるよ〜
ちゃんと勉強道具一式持ってきたし」



ケルガーは持っていた鞄から
筆記用具や様々な本とノートを取り出した。


「良かった。
一つも忘れてないね」



「ご注文はお決まりでしょうか?」


「コーヒーで」


「俺もコーヒー」


「かしこまりました」


「・・・」


正吉はふわふわした髪の毛のある方に目を向けた。


:ボーイッシュな女の子だな・・:


「それじゃ早速始めようか」


「えーもう始めんの?
ちょっとくらい休ませてくれよ」



「あのねぇケルガー。
もう明日なんだからテスト」



「そうだけどさ。
十分汗引いてからの方が集中できんだろ?」



「もう・・緊張感ないなぁ」


:喋り方もそれっぽいな。
結構好みかも:



「あ」


ガルティのズボンのポケットに入っていた携帯から
着信音が鳴り響いた。


「ガルっち?」


「ごめんごめん、メールみたい」


ガルティは携帯を出すとすぐにパカッと開き、
メールをチェックしだした。


「ガルっちこそあんまり緊張感ねーじゃん」


「これは仕方ないだろ。
ちょっとトイレ行ってくるから、先に準備してて」



ガルティは立ち上がり、そのままトイレへと向かった。


「・・・」


正吉はそんなガルティの姿を
マジマジと観察していた。


:尻尾が長い上にふさふさ・・
すげー好みかも。:



「ん?」


____________________

3分後。
ガルティがトイレから戻ってきた。


「お待たせ」


「おうおかえり。
メール返してたにしちゃ早かったな」



「軽く電話かけてただけだからね。
そんでさケルガー」



「ん?」


「ちょっと悪いけど、
もうちょっとしたら僕の知り合いが来るけど
あんまり気にしないでくれるかな」



「知り合い?
別にいいけど、何の用なの?」



「丁度近くに来ているから、
僕が貸したCD返しに行きたいってメール来てさ」



「別に今日じゃなくてもいいんじゃないのか?」


「まあいいじゃない、
折角近くまで来てるんだし、ついでだよついで」



「ったく・・俺より緊張感なさそうだし」


:一人称も僕ってかなり変わってるな。
最近流行りの僕っ娘ってヤツか・・?:



____________________

数分後。


「お待たせしました。
苺のショートケーキになります」



「どうも」


「ご注文は以上でよろしいですか?」


「はい」


「ごゆっくりどうぞ」


店員が離れると、
正吉は早速フォークを手に取り、
ケーキを食べ始めた。


:やっぱりここのケーキは格別だな。
でもたまには誰かと一緒に食べるのもいいかも・・


どうしよ・・今度勇気出して誘ってみようか・・
うーん・・:



正吉はその後もケーキを食べながら
目の前のガルティの後頭部ばかりを
ちらちらと見ていた。


その視線にケルガーが気づいた。
ケルガーは持っていたシャーペンをピタリと止めた。


「・・・なぁガルっち」


「ん?」


「何かさ・・
奥の席に座ってるヤツ・・
やたら俺らの方じろじろ見てくるんだけど」



「はい?」


ガルティは手を止めると、
普通の速さで後ろを振り返った。


:やばい;:


正吉はケルガーに気づいたのか、
ガルティが振り向く直前に
首を下に向け、目をそらした。


「気のせいじゃないの?」


ケルガーは小声で呟いた。


「気のせいじゃねって。
見た目もちょっと感じ悪そうだし・・」



「見た目で判断するの、良くないよ。
見た目だけだったら、ケルガーも十分悪そうだよ?」



「ば、バカ。
俺は自分で言うのもあれだけど
そんな悪い性格してねぇよ」



「うん、それは長年付き合ってる僕が
良く知ってるよ」



「ガルっちの意地悪・・」


:ごめんなさい・・気のせいじゃないっす・・:


「ん?」


ケルガーは横の窓際に目をやった。


:えΣ:


窓の外には互いに見覚えのある人物が
女性とともに歩いていた。


「あ、来た来た」


ガルティが窓の近くで手を振ると、
その人物が直ぐに気づいた。


正吉は思わず側においてあったタオルで
自分の顔を必死に隠した。


「いらっしゃいませ」


「ガルティさ〜ん!」


「やぁ」


「モジモジ・・」


コタローと連れの女性が
ガルティの方へ向かっていった。


「お待たせしましたっス」


「ううん大丈夫。
わざわざ来てくれてありがとね」



「近くまで来たもんスから」


「知り合いってコタローのことだったんだ」


「あれ、ケルガー
コタロー君と知り合いだったんだ」



「えぇ;」


「ごめんごめん、
二人が絡んでるとこってあんまり見かけないから(笑」



「ん?」


コタローは奥の方に顔を隠している男に
いち早く気づいた。


「小舟君・・?」


「・・・」


正吉はそっとタオルをほどき、
びくびくしながら素顔を晒し出した。


「やっぱり小舟君だ。
なんだよ、顔隠しちゃって」



「べ、別に・・」


「あれ、知り合いだったんだ」


「オイラと同じクラスの奴っスよ」


「は、初めまして・・」


「あ、あぁどうも」


「じゃあその子は?」


一同はコタローと一緒にいた
太い牙の突出した女の子に目を向けた。


「は、初めまして・・
薄野田子(すすきの たつこ)って言います・・
よ、よろしくお願いします」



「キバ子・・」


「こ、こんにちは小舟君」


「彼女も同じクラスっスよ」


「へぇ・・」


ケルガーはニヤニヤした。


「へ?」


「まあいいや。
小舟だっけ?
コタローの知り合いなら話は別だ。
よろしくな〜」



「あ、こちらこそ・・
正吉でいいですよ」



「ドキドキ・・」


「あ、そうだCD」


コタローはバッグからCDの入ったケースを取り出し、
ガルティに手渡した。


「貸してくれてありがとうっス」


「いえいえ」


「そんじゃ、オイラ達はこれで」


「え、今来たばっかなのに?」


「他にも寄るとこあるし・・」


「そっか。
無理に引き止めたりはしないけどね」



「あ・・」


正吉は思わず立ち上がった。


「どうしたの小舟君」


「お、俺も一緒に・・」


「え、良いけど
小舟君に合うかどうか」



「い、いいよそれでも。
もしかしたら興味持つかも・・」



「じゃあ一緒に行こうか」


「・・・」


「それじゃこれで。
また今度ゆっくりお茶しましょう!」



「うん、またね」


「またな〜」


「さ、さようなら」


2人がすぐにその場を離れると、
正吉は残っていたケーキと紅茶を急いで口に流し込み、
会計を済ませて着いていった。


「・・・」


「ケルガー?」


「あの正吉って奴、
空気読めてないな」



「なんで?」


「鈍感だなぁガルっちは・・」


ケルガーは再びニヤニヤしだした。


____________________

一方その頃。


「はぁ・・」


「どうしたの?でん子ちゃん」


「あ、ごめんね。
知らない人と話すのすっごい緊張しちゃって」



「あぁ、それでさっき
あんなにモジモジしてたんだ。
学校で一緒にいるときと全然態度違うから
内心驚いちゃったよ(笑」



「顔見知りなら平気なんだけどね」


「なあ・・」


「?」


「俺やっぱ邪魔だったかな」


「別にいいって。
オイラもでん子ちゃんに頼まれて
買い物付き合ってあげてるだけだし」



「そうだよ。
私も多い方が楽しいもの」



「そ、そうか。
そう言ってくれると・・」



「ところでさ、
あのガルティって人。
凄い綺麗な人だったね」



「あぁ、あの人ね。
時々ファッション関係の話とかで良く語り合うんだ」



「どうりで。
いいなぁ・・私もあの人みたいになりたい・・」



「男っぽくなりたいってこと?」


「え、あの人男の人なの?」


「え!?」


「どうしたの小舟君」


「あ、いや別に・・」


:男・・ガルティさんって男だったのか。
やべぇ・・俺惚れかけてたってのに・・


正吉はショックで落胆した。


「小舟君・・大丈夫?」


「あ、あぁ・・
ありがとうキバ子。

ちなみにさ・・二人はこれからどこ行こうとしてたの?」



「ファンシーショップ」


「ファ・・・」


正吉は聞き慣れない名前に
段々緊張しだしていった。






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