現実とファンタジー
「第4話」
プルルル
プルルル
ガチャ
青白い体毛の男が受話器を取った。
「もしもし」
「よう、カカル」
「先輩!」
受話器から聞こえてくる声に反応したカカルは
つい大声を出してしまい、
思わず尻尾をぶんぶんと振ってしまった。
「声でけぇよ・・俺が電話かけるのがそんな珍しいか?」
声の主であり、カカルの教員実習生時代に世話になった
幻想学園の教師、アルヴァンであった。
「すみません・・本当に珍しいもんだから」
「はっきり言うなって・・」
一直線に本音を言われたアルヴァンは
電話越しに少し呆れた。
「それで・・今日はどうしたんですか?」
「あぁ、今日は仕事が速く終わったし、
気分がいいからたまには俺から酒に誘ってやろうと思ってな」
「え、ホントですか!?」
カカルはまた尻尾をぶんぶんと振った。
いつもは自分から誘っているカカルにとって
この機会は非常に珍しく、かつ好機であった。
しかし、カカルはすぐに尻尾をピタリと止め、話した。
「・・すみません、今日は遠慮します」
「な、なに・・」
まさかの遠慮発言にアルヴァンは電話越しに驚いた。
「いいのか?今日は俺のおごってやるってのに」
「気持ちはすごーく有難いんですけど・・
ちょっと今は手が離せないんですよね」
カカルはチラっと視線を変えた。
「うぅ・・・」
視線の先にあるソファーに
一人の少年が横になってうなされていた。
茶色と白の二色の毛並みを持つ
金髪の狼少年だ。
「お前がそこまで言うなら仕方ないな・・
何してるか知らんが身体には気をつけろよ」
「大丈夫ですよ、
酒以外でも結構頑丈ですから、僕は(笑」
「そうか・・
じゃあ、またな」
「お疲れ様です」
ガチャ
カカルは受話器を置いた。
「・・・はぁぁぁ」
カカルは深く息を吸い込むと、
ドっとため息を吐いた。
「タイミング悪すぎだよなぁ・・
なんて言っちゃ悪いか」
「う、うぅん・・」
金髪の狼少年は目を覚ました。
「あ、目が覚めたかな」
「あれ・・僕どうしたんだろう」
記憶が曖昧になっている狼少年は
あたりをキョロキョロと見回した。
そしてすぐにカカルに気がついた。
「あ、カカルさん・・」
「ごめんごめん」
「え?」
カカルは頭に手をやった。
「僕がいけないんだ。
間違えてリンゴのお酒飲ませちゃって・・
そもそも僕の家の冷蔵庫お酒しか入ってなかったの
すっかり忘れちゃって^^;」
「あ、あれお酒だったのか・・
リンゴジュースにしてはちょっと苦いと思ったから」
「それに勝手に冷蔵庫開けていいって言ったの
僕だしね・・本当ごめん」
カカルは手のひらををチョップにして謝った。
「それでもう身体の方は大丈夫?」
「う、うん・・まだちょっと頭ががんがんするけど」
狼少年は目を細くして喋った。
「そっか」
「それに僕そろそろ行かないと」
「え」
「ロンズを探さないと・・」
「だめだめ、もう暗いんだから・・
せめて明日から探しなよ」
「でも」
「でもじゃないって。
気持ちはわかるけ夜道は危険だし、
大体君は子供じゃないか。
子供が夜遅くに家出たらいけないんだよ」
「ご、ごめんなさい・・」
狼少年は耳を垂れ下げて反省した。
「カカルさんって、先生みたいですね」
「そりゃあ・・先生じゃないけど先生みたいなものだし」
矛盾した発言に狼少年はちんぷんかんぷんであった。
「よくわからないけど、ありがとうございます」
「いえいえ・・
井の頭公園でバタリと倒れてたときは
結構びっくりしたけどさ」
「イノカシラ公園って言うんですか・・
僕・・ここがどこだかもわからないから」
「そうだねぇ・・見た感じ日本の子じゃなさそうだし」
狼少年の服装は
近代のヨーロッパを思わせるような
布生地でできたシャツと半ズボンである。
「しかも今の時期に寒そうなその格好・・」
「あ、これは大丈夫です。
僕寒いの平気だから」
「でも外に出るには
ちょっとみすぼらしいというか・・」
「そ、そうなのかな;」
「あ、そうだ!
僕の隣に住んでる人に頼めば
何とかなるかもっ」
カカルは手のひらをポンと叩いて閃いた。
「あの・・いろいろすみません」
「だからいいって〜
あ、そうだ。
明日は休みで暇だし・・
僕も一緒に行ってあげるよ」
「え、そこまでしちゃ悪いですよ」
「いいっていいって。
それに休みの日の都心は
どこも人でごったがえして危ないからね・・」
「そ、そうなんですか。
僕の住んでるところはそうでもないから
そういうのって良くわからなくて」
「あ、君が思ってる以上にすごいから
本当に気をつけた方がいいよ。
下手すると人の波にさらわれて
迷子になるかも」
「え;」
想像できない狼少年は
人の波って何・・?と考え込んだ。
「とにかく今日はもう寝た方がいいよ。
頭痛も治ってないみたいだし」
「あ、はい。
それじゃあお言葉に甘えて・・」
「うん。
おやすみ、ロウ君」
狼少年、ロウはお辞儀をすると、
隣の部屋へと入っていった。
そして、カカルはつぶやいた。
「ロウ君は・・
日本の子がどうこうというより・・
ファンタジー系っぽい子だな。
・・僕も似たようなものだけど」
カカルはつぶやきながら冷蔵庫を開けると、
中からキンキンに冷えたエビスビールを取り出した。
「・・先輩の誘い、やっぱりもったいなかったかな」
本音をつぶやくと、缶のタブを開けた。
同時にプシュっというキレの良い音が立った。
「んむ、今日もエビス様は元気だ」
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翌日。
「えー!」
吉祥寺にある古風なつくりの一軒家で
その叫び声は聞こえた。
「ごめんなさいね。
君のサイズに合うの、これしかなかったのよ」
翡翠の持つピンク色のセーターを見て、
狼少年ロンズは露骨に嫌な顔をした。
「いくら何でも俺・・
ピンクは恥ずかしいよぉ;」
「いいじゃんピンク〜w
住めば都って言うしさ」
「それ家の話だろ?」
ドルチェの言葉の使い方に
すぐさまレオは突っ込みを入れた。
「これね、息子に昔編んであげたセーターなんだけど、
すごく気に入ってくれて、毎日のように着てたのよ。
うちの子ったら華やかな色が好きだから(笑」
「そういえばガルティ君っていつも
明るい色の服着てるっけな」
「君にはちょっと派手かもしれないけど・・」
「良いよ、着るよ」
急にロンズは承諾した。
「え、いきなりあっさりと」
「だってそのセーター、すごい着てたんだろ?
そりゃ男がピンクなんて似合わないけど・・
それだけ何度も着られたってことは
そのセーターも幸せだっただろうからな」
ロンズはちょっと照れ隠しをした。
「へぇ、意外と思いやりあるんだな」
「う、うるせぇやい」
「それにロンズ君。
最近の日本じゃ男にピンクってのも
結構流行ってるんだよ〜」
「兄貴、日本ではそうかもしれないけど
ロンズの住んでるとこじゃわかんないぜ?」
「う」
元々スウェーデン人のドルチェは
すっかり日本色に染まってしまっていた。
「この国がどうなのかは知らねぇけど、
確かにドルチェのいう言うとおりだぜ。
まだちょっと抵抗あるけど」
「あれは服じゃなくて家の例えなんだけどな・・
いいか、意味は伝わってるし」
そう言っている間に
ロンズはすでにセーターを着終わっていた。
「おぉ、ロンズ君結構似合うじゃんw」
凛々しい顔立ちの狼と明るいピンクの組み合わせに
ドルチェはかなり絶賛していた。
「や、やっぱちょっと恥ずかしい;」
「じきに慣れるってw」
普段着慣れないセーターのもこもこさも相まって、
ロンズは赤面してしまった。
「そ、それでさ。
これからどうするんだよ。
何度も言うように俺、この国のことなんて
これっぽっちもわからないぜ」
「大丈夫っ。
こういうときのための携帯電話☆」
「ケイタイ・・?」
ドルチェはズボンのポケットから
ドラえもんの如く効果音を口ずさみながら
携帯電話を取り出した。
ロンズはそれを見てもさっぱりわからなかった。
「これがあれば遠くの人に連絡したり
写真撮ったり更にはインターネットもできちゃうわけさ。
すごいだろ?」
「わかんねぇ」
「そ、そう」
初めて聞く単語ばかりに対し、
ロンズは更にちんぷんかんぷんになった。
「まぁこれで確実に見つかるってわけじゃないけど、
僕の知り合いに連絡して
君の知り合いのロウ君って子の特徴とかを伝えれば、
もしかしたら見つかるかもしれないよ」
「すげぇな・・」
「ほ・・とりあえずすごいってのだけは伝わったか」
「兄貴、いつまでドラえもんの真似してんだよ」
「おっと。
そ、それじゃあおばさん、僕らこれで失礼しますね」
「えぇ。
無事にロウ君見つかるといいわね」
「あの・・
いろいろ世話してくれてありがとう」
ロンズは視線をややずらしながら
翡翠にお礼の言葉を述べた。
「いいのよ。
私も楽しい時間過ごせたから。
元気でね」
「う、うん」
翡翠に手を振られながら、
ロンズ達3人は家を後にした。
「・・・そういえば今年ももう終わりか。
もちょっとしたら、ガルティもお父さんも帰ってくるかしらね」
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「・・・」
駅に向かう途中、井の頭公園を歩きながら
ロンズは喋った。
「のどかだな・・」
「ん、そう?」
「あぁ。
俺のいたとこよりは遥かにな」
「遥かにって・・
結構やばいとこに住んでんの?」
「兄貴、そりゃ失礼だって」
「気にしてないよ。
実際やばいからな」
「やばいっていうと・・
戦争か何か?」
「今はそんな激化してないけどな。
ちょっと前まではひどかったぜ・・」
「そうなんだ・・」
ドルチェとレオにとって、
ロンズのやばいという表現は想像し難かった。
「けど、日本も危ない事件とか結構多いしな。
何十年も前はここも戦争でひどかったみたいだし」
「そうなのか?
こんだけ平和だと、とてもそうは思えねぇな・・」
「結局、安全な場所ってのは
そう簡単に見つからないものなんだよねぇ」
「そうかもな・・」
井の頭公園の散歩道に茂る木々を見ながら、
3人はつかの間の安らぎを得ているような気分になった。
「お、おーい!」
「ん!?」
後ろから、慣れない口調の聞き慣れた声が聞こえてきた。
ドルチェとレオはその声に反応し、後ろを振り向いた。
後からロンズも後ろを振り向いた。
「あ、ガルとトゥルースだ。
おーい!」
声の主であるトゥルースとガルウィンドは
3人の下へと近づいていった。
すると、トゥルースは
すぐに見慣れないロンズに反応した。
「あれ、その子は・・」
トゥルースの問いかけに
すぐさまドルチェは答えた。
「あ、うん。
知り合いの子でロンズって言うんだ」
「ど、ども」
ロンズはそっぽ向きながら
やや小さい声で挨拶した。
「初めまして」
トゥルースもそれに答えて
軽く会釈をした。
「ども・・」
ガルウィンドもロンズに軽く首を振った。
「ん?ガルどうしたの?
元気ないな」
「あ、うん・・
ちょっとね」
「大丈夫だよ・・
ボク、一応生きてるから」
「い、生きてるからって」
「あ、き、気にしないで;
昨日一緒に運動して疲れただけだから;」
ガルウィンドのネガティブとも見れる発言に
戸惑ったトゥルースは慌ててフォローを入れた。
そしてすぐさまドルチェが質問を入れた。
「あ、そうだ二人とも。
この子と似たような毛並みした狼の男の子見かけなかった?」
「あ、え・・?」
「髪は結んでないけど俺と同じ金髪で、
微妙に違うけど俺と同じ茶色と白の体毛してて、
尻尾は俺と違って先も茶色い子だよ」
ロンズは冷静に長々とトゥルース達に
特徴を伝えていった。
「うぅん、俺達は見かけてないけど」
「そ、そっか・・」
「ところで二人は何してんだ?」
「あ、うん。
見てのとおりガルがちょっと元気なくてさ。
だから気晴らしに二人で散歩してたんだけど」
「へぇ・・いつも元気なガルがねぇ」
「ボクだっていつも元気ってわけじゃあないよ。
むしろこのままキャラチェンするかもね」
「やめなよガル。
俺はともかくみんなまで落ち込ませるようなこと言っちゃダメだ」
「ごめん」
落ち込んだ口調で話したガルウィンドに、
トゥルースは落ち着いた口調で叱った。
「僕達は気にしてないから平気だよ。
・・そうだ、もし暇だったら
二人もその子探すの協力してくれないかな」
「うんいいよ。
帰ってもボクやることないし」
ガルウィンドは冷めた口調で
あっさりと引き受けた。
「ガル!
うん、俺達も喜んで協力するよ」
「・・?」
「ところで兄貴、駅まで向かってるけど、
どこまで行くかは決めてんの?」
「いや・・
もう適当って感じ」
適当発言にロンズは少し焦った口調で話した。
「な、なんだよ適当って;
あんたらが大丈夫っていうから着いてきてるんだぜ」
「大丈夫だって^^;
適当って言ってもロウ君の特徴は知ってるんだから、
後はその辺歩きながら探すしかないよ」
「ぐ・・」
「まぁ何とかなるさ!」
「本当に大丈夫なのかよ・・」
ロンズはだんだん心配してきてしまった。
「そうだな・・とりあえず中央線で新宿まで行って、
それからどうするか考えようか」
「新宿か・・」
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ドルチェ達5人は吉祥寺駅へ到着した。
「・・・」
あたりをキョロキョロと見回すロンズに
トゥルースは声をかけた。
「ロンズ君、どうしたの?」
「や・・ドルチェの言ったとおり
どこ見ても人だらけだなって」
「でしょう?
特に休日は更に多いからね〜」
「知らない建物ばっかってのもそうだけど、
どうしても人だらけってとこにびっくりしちゃってさ」
「ロンズ君の住んでるところって
人口少ないのかな」
「むしろ彼にとっちゃあ
これだけ人間の密集している日本の方が
珍しいと思うけどねw」
「ドルチェ君達の住んでるところは知らないけど」
「普通だよ、割とね」
ドルチェの言う割と、という意味がわからなかった。
「あ、ロンズ君の電車賃僕が払っとくよ」
ドルチェは一人切符の券売機へ向かった。
「・・・みんなは行かなくていいのか?」
「俺らは大丈夫だよ。
Suica持ってるから」
「スイカ・・?」
レオは財布を取り出すと、
中からSuicaを抜き取った。
「これこれ。
これがあればわざわざ切符買わなくても
スムーズに改札口通れるんだ」
「へぇ・・便利だな」
「お金チャージしてなかったら
結局券売機いってチャージしなきゃいけないけど」
「まーな」
「そういやさ・・
ガルだっけ?
・・大丈夫なのか?」
ロンズは寂しげな表情のガルウィンドを心配した。
「ん、あぁ・・ボクはさっきも言ったけど大丈夫。
体の方は問題ないから」
「それって心の方は問題あるってことじゃねぇのか」
レオがさり気なく突っ込みを入れた。
その突っ込みにトゥルースは答えた。
「う、うん。
ガルもいろいろあってね。
今は元気ないけど、とりあえず大丈夫だから」
「うん・・とりあえずね」
「ホントかな・・」
「お待たせ〜」
手に切符を握ったドルチェが戻ってきた。
「お帰り兄貴」
「はい、ロンズ君これ」
「あ、あぁ」
ロンズはドルチェから新宿行きの切符を受け取った。
「入れ方わかる?
とりあえず着いてくれば平気だから」
「あぁ・・」
「ロンズの国って電車ないのかな」
「さぁ」
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「・・・」
電車に乗り込んだロンズは、
車内でもあたりを見回していた。
「ロンズ君、むやみにキョロキョロしてたら
怪しまれちゃうよ」
「だ、だってさ」
「確かに人多いからねぇ。
でもこれでも少ない方だよ」
「え、そうなの!?」
「本当だったらぎゅうぎゅう詰めだからねぇw
それよりもっとすごい国あるけど」
「想像できねぇ」
「想像しない方が平和だと思うけどね」
「そりゃ言えてるかも」
「あははは」
よくある電車内での身近な会話。
「ところでシンジュクってとこは
どのくらいで着くんだ?」
「そうだなぁ、吉祥寺からだから・・
20分くらいかな」
「普通に歩いたら何時間もかかるけどね」
「そうか。
まぁ、後は電車に任せるしかないか」
ロンズが言葉を出し終わった瞬間、
反対車線の電車がすれ違った。
「うわ、びっくりした・・」
そのとき、彼は見た。
一瞬ではあったが、
反対車線の電車の中に移っていた一人の姿。
「・・・まさか」
非常に視力の良いロンズは疑わなかった。
自分と同じ茶色と白の体毛。
髪は短いものの自分と同じ金髪。
そして全体が茶色の尻尾。
その瞬間、ロンズは叫んだ。
「ロウ!!!」
続く。
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